書評など / 2007 本にまつわるエトセトラ 5/19 / 書評「コザ残像」 9/16 /
沖縄タイムス、本にまつわるエトセトラ
小学校の時、私には新学期に配本される教科書に行う「儀式」があった。特に苦手な算数の教科書を使うのだが、「る」や「ね」、漢字では「中」 など線で閉ざされた内に色を塗るのだ。自分なりのルールで着彩された 算数の教科書は、まるで色鮮やかな異国の写本のよ うだった。「文字」 が「模様」に変身しているのが嬉しく、それを心底美しいと思い眺めていた。
私の新学期はこの「色塗り儀式」から始まった。
今、読者の皆さんには典型的な「出来らんぬー」の小学生が目に浮かんでいることだろう。2001年に窪徳忠氏の「沖縄の習俗と信仰」を読み、その本に 「借字紙」という項目があった。借字紙とは文字を書いた紙を大切に取 り扱い、時には文字の呪力を認めることで、文字が書か れた紙を粗末に扱うと漢字を創設したとされる倉頡(そうけつ)や学問の神、科挙を受 ける人々を守る文昌帝君から神罰を受けるという習俗を言う。大切に扱うべき文字の書かれた紙は、字紙炉、梵字炉という特別に作った炉で焼 かれる。沖縄では「フンジュル」「イリガンヤチドコロ」と呼ばれ、首里金城町、円覚寺内、宜野湾、西原、北谷、久米島、 石垣島、波照間島 等に作られたそうだ。
原稿を頼まれた時、遊んでいたわけではないが締め切りが守れなくなり、ワープロ画面とニラメッコをして負け続けることは多い。「原稿の神様が降りてこないんだよねぇ」と言い訳し、そのまま寝てしまうことがある。書くときは神様に頼るというか、口にしてしまうのだが、入稿後はどうだろうか。文字の集大成としての本や記事に対して、単純な情報だけを受け取り、その情報の範囲でしか物事を観ようとしない、考えようとしない自分がいるのではないか。
「借字紙」の項目を読んでからは、文字の向こう側にあるもの、そこに込められた何かを意識するようになった。そして私の中に居る「出来らんぬー」が目覚め、余白の美しさも含め、文字には不思議な力があることを今の私に伝えくれた。
琉球新報、コザ残像
この写真集は今年一月に出た再版で、初版は1984年に出ている。米軍により沖縄市嘉間良に収容所が設置され、古謝にも駐屯基地がおかれていた時代、米兵が古謝も嘉間良も同じようにコジャ、コザと呼んだのが「コザ」の始まりとある。
1945年6月10日に臨時市町村制により越来村が誕生した。収容所があった嘉間良の風景、トタンや茅葺き屋根の民家に交じるコンセットの写真から、この本は始まる。本書は、戦後の街・越来村を脱皮しながらコザとして産まれる頃のコザ草創期の写真と、現在のコザに関わっている文化人28人の文で構成されている。写真は主に1950年代から60年代中頃までのもので、ニューコザとしての八重島の写真はあるが、ベトナム景気で賑わった虚ろで華やかなセンター通りやゲート通りの写真はない。しかし、文化人のコメントは基地周辺の賑わいに触れたものが多く、また音楽との関わりにこだわりを持つ。つまり、描く時代や事象が少しずれつつ、コザのイメージが画像と言葉とで創りあげられていく。
モノクロで、人々の日々の営みのシーンはほとんどなく、息づかいが伝わりにくい写真が多い。ある意味では「距離のある目線」により、客観的に撮っているとも言える。しかし資料として考えると、写真に年代や場所が記載されていないのは残念に思う。同頁にテキストにはあるが、再版であれば一目で「時と場」が分かるような作りにして欲しかった。
残像は「光の刺激を見つめたあと、目を閉じたり他の方面に視線を移したりしたときに生じる視覚体験。種々の形・色・明るさの像として現れる。」
(大辞林)主観的でない写真は残像を描きやすく、記憶を再現させる。この写真集を手にした読者がどんな視覚体験をし、感じていくのか。どこに目を移していくのか。そこから見えてくるものを、この本は伝えたいのかも知れない。過去を振り返り、ノスタルジーに浸るだけの本であってほしくない。
この写真集にはないが、ないからこそ見えてくる、「コザという白人歓楽街」のイメージから除外された地域について考える意味でも、貴重な本だと言える。
アーティスト 花城郁子
あ〜とらんだむ ぎんねこ