3人のアーティストINバンクーバー/吉川秀樹 伊江隆人・前田比呂也・花城郁子氏/「生と死」から沖縄捉え

<2005年7月20日> 朝刊 1版 文化17面(水曜日)寄稿 写有


 多種多様な文化が混じり合う「モザイク」の街、カナダのバンクーバーで、六月三日から二十五日まで、沖縄のアーティスト、伊江隆人氏、前田比呂也氏、花城郁子氏による現代アート展が開かれた。センターA(バンクーバー国際アジア現代美術センター)の招聘で行われた今回の作品展は、センターのハンク・ブル氏により「Champuru」(チャンプルー)というタイトルが与えられた。使い慣らされた感が否めない「チャンプルー」に「最初、抵抗があった」と三人は語る。しかし三人の作品は、バンクーバーの「モザイク」と向き合い、沖縄を新たな語り口で表現していった。

 この作品展の企画にあたりブル氏は特別なテーマを持っていた。伝統工芸ではなく、また基地問題とは異なる要素の沖縄。つまり現代沖縄のその対極的イメージを取り払った時、沖縄はどのように表現されるのか、というテーマである。そしてそれを表現するアーティストとして、この三人が招聘された。

 このテーマに伊江氏は、琉球石灰岩、貝、紅型、芭蕉布、アスファルト、タイル、鉄線、沖縄の新聞をコラージュにしたインスタレーションで答えた。新聞紙に墨で描かれた琉歌や工工四が、異なる素材をつなげ、自然への「賛歌」を表現する。「重ねる」手法で表現される作品は、時間と空間と人と自然が重なりあって、現在の沖縄が作り出されていることを再認識させる。

 前田氏は、漆やサンゴを素材にした盆を壁と床に配置するインスタレーションで、あの世とこの世の境界を表した。「何にでも塗れる漆の強さと柔軟性」を「境界そのもの」と見立て、サンゴを「生と死を同時に象徴する」ものとする。サンゴにナイロンの布地を被せ、その上に漆を幾度も塗り重ねる手法は、その境界の連続性が静かな緊張感を持つことを想像させる。

 花城氏は、蚊帳をつりさげ、その前に小舟を並べたインスタレーションで、あの世とこの世をつなぐ場としての「墓」を表現した。蚊帳の中に置かれた「石棺や厨子甕をイメージしたトレー」とその上の「日常品」は、人間が寝起きする蚊帳と、「再生」の場としての墓を一つにする。鑑賞者が、実際に蚊帳の中に入り、オブジェに遭遇し、そして蚊帳の外(あの世)に出て「再生」を体現する、という展示法だ。

 印象的なのは、この沖縄の新たな語り口が、決して伝統工芸や基地問題の要素を取り除くことによって展開されたのではない、ということだ。伊江氏の作品には、基地問題が一面を覆う新聞が使われ、花城氏の「小舟」は沖縄の複雑な歴史的政治的位置を表す。前田氏は、彼の持つ多面的多様的な表現法の中から、あえて伝統工芸の漆を選んだ。つまり三人は、これらの要素を作品の中に確かに位置付けながら、しかしそれよりもさらに大きなテーマとしての生と死と自然の境界(墓)に、自らがかかわること(祈り)をもって、さまざまな問題や矛盾と向かい合う現代の沖縄を表現したのだ。

 また三人の作品が、一見同様な「チャンプルー」と「モザイク」の違いを、「場」との関係を通して示した点も注目される。三人の作品の素材やテーマは、チャンプルーでありながら、沖縄という場に起因し、それゆえ一体感を持って沖縄を表現する。しかし移民の街、バンクーバーでは、多くの場合、素材やテーマはその場にあるのではなく、むしろ移り住む人々の経験や記憶の中にある。バンクーバーでは、場と人を結び付ける努力としてアートが存在し、それが「モザイク」を形作ることを三人の作品は気付かせる。

 チャンプルーがただの混ぜ合わせとしてではなく、大きく確かな方向性や世界観の中で存在していることを認識した時、その要素の一つ一つの意味が明確になり、そしてチャンプルー全体が輝いてくる。だからこそ、その要素を使い、表現するアーティストの創造性と存在が試される。ブル氏が「大成功だった」と評価したこの作品展を経て、三人が今後どのように活動していくのか楽しみである。(県立芸大大学院非常勤講師)

(写図説明)伊江氏のパフォーマンスなど、関連イベントも開かれた「Champuru」=カナダ・バンクーバー


 

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